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東京地方裁判所 昭和49年(ワ)3702号 判決 1975年12月03日

原告

田村要蔵

右訴訟代理人

山元博

被告

芳賀毅一

主文

被告から原告に対する東京法務局所属公証人鶴比左志作成昭和三一年第一七七九号賃貸借契約公正証書に基づく強制執行はこれを許さない。

訴訟費用は被告の負担とする。

当庁昭和四九年(モ)第六五一三号強制執行停止決定はこれを認可する。

前項にかぎり、確定前に執行できる。

事実

第一  申立

一、原告

主文第一、二項と同旨の判決を求める。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求める。

第二  主張

一、請求原因

1(1)  被告から原告に対する債務名義として東京法務局所属公証人鶴比左志作成昭和三一年第一七七九号賃貸借契約公正証書が存在する。

(2)  右公正証書には、原告は被告に対し、昭和三一年七月一日から同三一年一一月末日までの賃貸借期間中、左記動産の賃借料として毎月一日かぎり金七六五〇円を支払う旨、賃貸借終了後右動産を返還しないときは毎月右賃料と同額の損害金を支払う旨、および原告において右債務の履行を怠つたときは直ちに強制執行を受けることを認諾する旨の記載がある。

(動産の表示)

一五キロ電気窯   一台

三馬力ミキサー   一台

二分の一馬力製形機 一台

三馬力冷凍機    一台

二馬力冷凍機    一台

2(1)  原告は、昭和三一年七月一日ころ、当時原告の経営していた飲食店の営業資金を調達するために、被告から金八万五〇〇〇円を借り入れ、これを被担保債務として、原告所有にかかる前記動産を被告に譲渡したうえ、前記1の(2)記載のとおり、被告からこれを賃借したものである。

(2)  被告の原告に対する右被担保債権が発生してから、昭和三六年七月一日ころをもつて、既に五年を経過した。原告は本訴において右時効を援用する。

よつて、被告の原告に対する右被担保債権は時効消滅し、これに伴つて右譲渡担保契約に基づく被告の賃料および損害金債権も消滅したので、原告は、右債務名義の執行力の排除を求める。

二、請求原因に対する認否

1  請求原因1の(1)・(2)は認める。

2  同2の(1)のうち、前記年月日ころ、被告が原告から原告所有の前記動産を譲り受け、これを原告に対し一月あたり金七六五〇円の賃料で賃貸したことは認め、その余は否認する。金八万五〇〇〇円は右動産の売買代金として授受されたものである。2の(2)のうち、金員の授受の時から五年が経過したことは認めるが、消滅時効の完成については争う。

三、抗弁

かりに請求原因事実が認められるとしても、

被告は原告に対し、右債務名義の執行力ある正本に基づき、昭和三一年七月から同三二年一月までの賃料五か月分および損害金二か月分合計五万三五五〇円につき、

(1)  昭和三二年二月七日に東京地方裁判所執行吏に対し執行を申し立て、同三四年一一月一六日執行吏において有体動産を差押え競売した代金から三八四四円を受領した。

(2)  同年一一月一八日に同様の申立をなし、同三六年二月一七日その売買代金から一九六七円を受領した

(3)  更に同様の申立をなし、同四〇年二月一三日ころ執行吏において差押手続に着手したが執行不能に終わつた

もので、これにより右各日時に時効が中断した。

四、抗弁に対する認否

すべて否認する。

五、再抗弁

(1)  かりに抗弁(1)の事実が認められ、これに消滅時効中断の効果を認めることができるとしても、

昭和三四年一一月一六日右中断事由が終了してから、同三九年一一月一六日をもつて、既に五年を経過した。原告は本訴において右時効を援用する。

(2)  かりに抗弁(2)の事実が認められ、これに消滅時効中断の効果を認めることができるとしても、

同三六年二月一七日右中断事由が終了してから、同四一年二月一七日をもつて、既に五年を経過した。原告は本訴において右時効を援用する。

(3)  かりに抗弁(3)の事実が認められ、これに消滅時効中断の効果を認めることができるとしても、

同四〇年二月一三日ころ右中断事由が終了してから、同四五年二月一三日ころをもつて、既に五年を経過した。原告は本訴において右時効を援用する。

六、再抗弁に対する認否

再抗弁(1)ないし(3)につき、それぞれ五年を経過したことは認める。

第三  証拠<略>

理由

一請求原因1の(1)・(2)の事実については当事者間に争いがない。

二そこで、同2の(1)につき判断するに、原告本人尋問の結果(第一回)によれば、原告は昭和三一年当時飲食店を経営していたが、その営業資金に窮し、これを調達するために被告から金約八万五〇〇〇円を借り入れたこと、および右借入金債務を担保するために原告所有にかかる請求原因1の(2)記載の有体動産を被告に譲渡したことを認めることができる。被告本人の供述中右認定に反する部分は採用しない。

三このように、ある債権の担保として有体動産が譲渡された場合、担保物件となつた動産について当事者間に合意された法律関係から生じる債権債務は、被担保債権が時効により消滅する場合には、これに付従して消滅すると解すべきである。そしてこのことは、当事者が契約上、消費貸借債権を明示的に存続せしめて利息金を授受しつつ、担保物件の債務者による使用を使用貸借によつて律すべきことを合意した、狭義の「譲渡担保」形式を選んだか、あるいは、担保物件を売買し、買戻の約定を残す一方、担保物件の使用を賃貸借によらしめ、実質上の利息金に相当する賃料を授受することとする反面、消費貸借債権は外見上姿を潜めることとなる、いはゆる「売渡担保」の形式を選んだかによつて、変るところはないというべきである。

四本件では、物件が一か月あたり金七六五〇円の賃料で賃貸借されたことに争いがなく、先に認定した事実と併せれば右にいわゆる「売渡担保」形式が選ばれたものと見るべきであるけれども、前節判示の理路から、本件貸金債権(被担保債権)が時効により消滅した場合には、被告の譲渡担保権およびこれと不可分の被告(譲渡担保権者たる賃貸人)の賃料債権(実質的には利息債権)および損害金債権も消滅するに至ると解すべきところ、本件金員の借入は当時飲食店を経営していた原告がその営業のためになしたものであるから、被告の貸金債権(被担保債権)はいわゆる商事時効に服し、五年の時効期間の経過により、被告の賃料債権および損害金債権もまた消滅するといわなければならない。

五ところで、右時効の起算点について考えるに、本件被担保債権には弁済期の定めがないわけであるから、時効進行に先立ち民法第五九一条の要件を充たす返還の催告を要したのではないか、との疑問が生じないでもない。しかしながら、それはいわゆる売渡担保形式において被担保債権が外見上姿を潜めることの必然的結果であつて、債権が存在するのに明示的に弁済期を定めないという通常の事態とは類を異にすることを念頭におきつつ、消滅時効、すなわち、債権につき不行使の状態が継続することに消滅の可能性を見るという制度の本旨に思いをいたすならば、このような売渡担保形式の下における被担保債権については、返還の催告なしにも、債権発生後相当期間を経過した後は、消滅時効の進行が開始すると解すべきであり、かつ、その相当期間の認定に際しては、外見上姿を潜めつつも当事者の心裡には厳存する被担保債権につき、実質上弁済期に相当するものが合意されていたか否かを探るべきである。

右の見地に立つて本件証拠を見ると、実体は売渡担保の契約書である賃貸借契約公正証書(成立に争いない甲第一号証)において、担保物件の賃貸借期間が一年とされ、その終期である昭和三一年一一月末日が賃借人(原告)の担保物件買戻期限とされていることに注目されるのであつて、前段に判示したような理由から、右期日の到来をもつて本件における相当期間経過を認定するに十分である。

そうすると、その後五年を経過した昭和三六年一二月一日には、本件貸金債権(被担保債権)につき商事時効が完成したことになる。

六これにつき、被告は抗弁として、原告に対し本件債務名義の執行力ある正本に基づき前後三回にわたつて強制執行をしたことに時効中断の効力があつたと主張している。これは民法第一四七条第二号の差押の効果を主張するものと解されるが、本件債務名義は発生済の各月賃料債権として民法第一六九条の適用を受ける独立の支分権に関するものであるから、各月賃料が実質上は貸金の利息であつたとしても、基本権である賃料債権や、更にこれに対して主たる権利の関係に立つ本件貸金債権の消滅時効が、右の各強制執行によつて中断せられたとは必ずしも解し難い。のみならず、かりに百歩譲つて、被告主張の抗弁事実がすべて認められ、かつまたこれに消滅時効中断の効果を認めることができたとしても、最後の時効中断事由が終了した昭和四〇年二月一三日ころから、同四五年二月一三日ころをもつて、更に五年を経過したことは当事者間に争いがないのであるから、前記貸金債権についてはおそくとも同日時効が完成したこととなる。

そして、原告は本訴において右時効を援用する旨を明らかにしている。

七そうすると、抗弁以下の主張につき、あえて証拠による認定を行うまでもなく、被告の貸金債権はおそくとも昭和四五年二月一三日ころには時効消滅したことになるから、これに伴い被告の賃料債権および損害金債権も消滅したものといわなくてはならない。

八よつて、本件債務名義の執行力の排除を求める原告の請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を、強制執行停止命令の認可・仮執行については同法五四八条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (倉田卓次)

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